
2015年から休載中の今作。復活が熱望される今作は、格闘・剣劇漫画の枠にとどまらず、哲学的な問いを多く含んでいます。
その中でも私の心に深く刻まれているエピソード、それは鎖鎌の達人・宍戸梅軒との戦い(12・13巻)。
ケアマネとして働く私が改めて読んだ時、武蔵と宍戸との戦いは思いもよらない気付きをくれました。『安心・安全』という私達の絶対的価値観が、実は絶対ともいえないのではないか……、と。
漫画【バガボンド】あらすじ(物語の概要)
新免武蔵(後の宮本武蔵)は立身出世を願い、そして天下無双になることを誓い故郷を出る。関ケ原の戦いに西軍として参加するも敗戦、必死に生き延びる中で武蔵は辻風組という野盗集団と戦うことになる。
その頭目を倒した武蔵だったが、彼の前に頭目の弟・辻風黄平が現れる。二人は剣を交えるも決着はつかず、武蔵は天下無双を目指して旅を続ける。
幾人もの強敵との戦いを経た武蔵は、鎖鎌の達人・宍戸梅軒の噂を聞きつける。新たな敵に会うため、天下無双に近付くため、武蔵は宍戸の元を訪れる。
だがしかし、そこにいたのはかつて戦った、辻風黄平だった……。

1. バガボンドをケアマネ視点で視る:『事故を防ぐ』か『希望を支える』か
介護の世界において、安心・安全は絶対的な価値観。転倒を防ぎ、清潔を保ち、命を守る……ケアマネとして、この正しさを疑う余地はありません。もちろん、正しいですし誰しもがそう生きていけるべきです。
しかし、その正しさがどんな時にも絶対である、という訳ではありません。
例えば、歩行がかなり不安定だけど近所をお散歩することが生きがい、という方。リハビリも効果は限定的で、歩行器を使っても転倒のリスクを排除できない場合。
安心・安全という絶対的価値観に沿えば、ヘルパーさんに車いすを押してもらっての買い物外出、デイサービスを利用しての外出、というあたりが妥当な提案でしょう。ただ、これはお散歩なのか……?
武蔵は天下無双を求めて旅を続けています。そんな中、かつての敵・辻風黄平と再会するのです。
辻風は敵を殺し続けて生きてきました。そうすることが自分の存在証明であるかのように……。そんな彼は旅の途中、龍胆という少女と出会います。龍胆は宍戸梅軒という野盗に虐げられて生きていました。その境遇にかつての自分を重ねた辻風は宍戸を殺し、宍戸の名と住まいを奪い、龍胆とともに生きることを選びます。辻風は鎖鎌の達人・宍戸梅軒としてその名が高まり始めます。当然、武蔵の耳にも入ることになり……再会してしまった二人。
鎖鎌を見たい武蔵、見せてやってもいい辻風、不器用な二人は、真剣勝負という形でしか向き合うことできません。激闘の末、戦いに敗れ重傷を負った辻風は、生き延びるため止血を願い、土下座します。かつて自分を死神と言い表した辻風が敵に頭を下げる……守りたい誰かと生きるために……。
そして、武蔵に、根源的な問いが訪れます。「俺は宍戸梅軒に勝った、だからなんだ?」
また一歩、天下無双に近づいたはずの自分、しかし全然嬉しくない。ただ空しい。天下無双という絶対的な価値観を追い求めてきた自分と、生き続けることを選んだ辻風。
最強になることに、何の意味があるのか?
……さて、私達が支援者としてなすべきは、事故を防ぐ支援なのでしょうか。それとも、転ぶかもしれない日常にどう関わるかに備える支援、なのでしょうか。
いろんな意見はあると思います。ただ、常に問い続けられる私達でいたいと思います。

武蔵と辻風の戦いは、いわば価値観同士の戦い。それは、答えのない問いでもあります。
あなたもその迷い道に立ってみませんか?
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2. バガボンドをケアマネが観る:名作は常識を揺るがす
今作は全34巻、1998年から連載が始まり、いまだ未完の物語(現在休載中)。今回取り上げた宍戸梅軒とのエピソードは12・13巻辺りと、だいぶ前半のお話です。
今作がここまで根強く支持されるのには多くの理由があると思います。井上さんの画力、宮本武蔵という知っているようで知らない人物を取り上げていること、そして迫力ある戦いの数々……。
その中でも、今作が、そしてその他の名作とされるものが共有しているのは、価値観の揺さぶり、なのではないかと感じました。
特に武蔵と宍戸のエピソードは、強くなること、敵に勝つこと、という青年誌・格闘漫画の絶対的価値に疑いを投げかけています。
読者が生きている中で持ち合わせている価値観、ストーリーの根幹となっている価値観、主人公達が積み重ね築き上げていった価値観……そういったものをごろっと覆すようなトピックがある物語って、人の心をぐっとつかむ力を持ち合わせると思います。
それはいわば常識を疑う視線、思考、そして力。
そしてその揺さぶりは、物語の中だけにとどまらず、読み手の価値観にも及んでいくのです。
片や命を、片や正義をかけた戦いの物語。
どちらも、「それは本当に正しいのか?」と、見る者の価値観を揺さぶります。
3.【まとめ】:名作は人生の一部足りえる
今作との出会いは私がまだ学生だった頃。長い休載中とはいえ、半ば人生の大半を共に過ごしたともいえる作品。
好きな場面はたくさんありますが、昔から断トツでこの宍戸梅軒のエピソードが大好きです。
かつては新しい家族ともいえる龍胆との絆に心打たれ、そしてケアマネとしてそれなりの経験を経た今では、激闘の後の武蔵の価値観の揺らぎに学びを得る……。
今作は間違いなく名作というべき作品ですが、深い作品というのはこういった、時の洗練を経てもなお新しい輝きを見せてくれるものだと改めて感じました。

若い頃、今作を読んだ記憶がある方も多いはず。
時を経て変わった自分で、改めてページをめくる……。そして、新しい発見をする。そんな瞬間を、ぜひ体験してみては。
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