
初見の時、どういう訳か一気に今作の虜になりました。派手な事件もなければ大きな結論もない。ただ、曖昧な日常がゆるやかに積み重なっていくだけの物語……なのに。
それなのに、この『曖昧さ』こそがケアマネとしての自分の感覚に、思いのほか刺さっていたのです。
ドラマ【まほろ駅前番外地】物語の概要
東京にある街、まほろ市。その駅前の雑居ビルの二階に多田便利軒がある。多田便利軒は、まじめでお人よしの多田啓介(瑛太)、ミステリアスな居候の行天春彦(松田龍平)によって営まれている。事務所兼彼らの住まいでもある多田便利軒に舞い込むのはどこか奇妙な依頼ばかり。
頼まれた依頼は極力引き受けます! がモットーの多田便利軒。今日も多田と行天は一癖ありそうな依頼に立ち向かっていく……。

1. 【ケアマネ的視点】『冴えない日常』の救い
彼らが引き受ける依頼は、プロレスラーの引退試合の相手、カラオケの映像に出てくるモデルの探索、謎の蝋人形の処分etc…、奇妙なものばかり。生真面目な多田とつかみどころのない行天の二人は空回りしながらもなんとか問題の解決に取り組むのですが……。
きっちり謎を解決! というよりは「まぁ、何とかなったね」的な、ゆるーい解決で完了。この二人のゆるさ、曖昧さこそが、今作から学ぶべきことなのかな、と思います。
ケアマネが日々対峙するのは利用者さんの生活。本来、人間の生活というのは、明確なルールや規則に則って構築できない、曖昧なものだと思います。
しかし、ケアマネが取り扱う介護保険等の制度やサービスは本来、法に則った厳格であるべきもの。曖昧さとは対極にある存在です。もっと言えばケアマネだって介護保険にのっとった、その役割に明確な規定がある存在……。そんなケアマネが制度に忠実であろうとすると、利用者さんの生活に不可避的に存在する曖昧さを侵害してしまう恐れがある、と感じます。
もちろん、脱法行為はNG。それは踏まえたうえで、ケアマネは、厳格な制度と利用者の生活の間に立つという、いわば緩衝材であるべきではないか、と感じます。利用者さん、支援事業所さん、その間に立って、「ま、これでいいでしょ」というような、ふわっとした存在であること、そういう役割には人知れない苦労もあるかと思います。【まほろ駅前番外地 ケアマネ】

目立たない、けど絶対必要な役割を果たしている方、多田便利軒の二人に勇気をもらってみては?
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2. 【小説家志望として】無意識の『憧れ』を原動力に— 多田便利軒が確立した、物語の推進力
今作の大きな魅力は、多田と行天が暮らし、そして働く多田便利軒という空間そのもの、と思います。あの秘密基地感がたまらん。
それは、適度な生活感とちょっとしたおしゃれさが混在した、まさに男の子の憧れを髣髴とさせる場所。こういう、触れているだけで心地いいもの、が作品に内包されているのは強力な魅力だと思います。
そのキラキラした輝きは二人の関係性にも見て取れます。従来のバディ物では、強い絆や明確な目的に基づく熱いチームワークが主軸、だったように思います。しかしこの作品の核にあるのは、二人の緩さ。その緩さと秘密基地感が、友達との遊びの延長としての労働と暮らしというある意味、夢のような世界をリアリティをもって描いているのです。
そう考えると、このドラマは視聴者のいろんな憧れを原動力に成立している作品なのかもしれない、と思いました。嫌なナ上司がいない会社と生活、いいですよね。収入は不安定そうだけど……。【まほろ駅前番外地 ケアマネ】
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3.【まとめ】『曖昧さ』と『憧れ』が織りなす、人生の救済論
日々の暮らしは、緩やかな出来事の連続。一方で、ケアマネが取り扱う介護保険のような厳格なルールを活用して生きている面も存在します。
そんな曖昧さと厳格さの入り乱れた日々だからこそ、多田と行天のゆるさが、ぐっとくる時があるのではないでしょうか。
どんな立派な大人だって、友達との遊びの続きのような夢のような世界で生きていたい、という憧れを心のどこかに抱いている、はず。ドラマを見ている時くらい、そういった遠い日の憧れに浸ったっていいのだと思います。
綿々と続く仕事、現実、生活……そういったものに疲れてしまった方、そんな大人にこそ今作はおすすめ。【まほろ駅前番外地 ケアマネ】

眩しいわけではないけれど、身近な輝きに満ちた、このドラマの世界観がきっと明日の原動力になってくれるはず!
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