
大学生の頃、深夜の映画番組で何気なく観たのが今作との出会いでした。
派手な展開があるわけでもないのに、不思議と心に残り、気づけば何度も観返しています。
ケアマネとして改めて向き合うと、この静けさの奥にある「生きづらさ」が、仕事で出会ってきた人たちと重なって見えました。
映画『ソナチネ』物語の概要
北島組傘下の村川組の組長、村川(ビートたけし)。シャバ代を支払わない人を溺死させてしまうほどの凶暴性を秘めた村川であるが、親分である北島から兄弟分の組の抗争を手伝いを命じられ、しかたなく抗争の現場、沖縄に向かう。
沖縄について早々、敵の組からの襲撃を受け味方の大半を失った村川。市街地から離れ海沿いの一軒家に身を潜めることにする。いつ顕在化するかわからない抗争、一方で平和で何もない日々、しかし村川の狂気に満ちた最後は確実に迫ってきている……。

1.ソナチネをケアマネ視点で視る:静寂、無邪気さ、暴力… 北野武が描く『破滅的な美学』
この映画は、北野武監督の代表作・HANA-BIのような、誰しもが認める感動はありません。今作・ソナチネはめちゃめちゃ人を選ぶ映画。しかし、この作品には唯一無二、この頃の北野監督独自の静寂さ、無邪気さ、暴力、理不尽、虚しさ……そういったものが醸し出す独特の雰囲気があります。この映画は、ストーリーを楽しむ映画ではありません。この独自の雰囲気こそがソナチネであり、この作品が一部の人にとっての人生の宝物になり得る理由です。
ストーリーは極めてシンプル、大きなどんでん返しもありません。極道の事情で沖縄に来た村川が、陰謀と裏切りに翻弄され追い詰められていくのみ。
しかし、この淡々とした日常のすぐそばにある破滅的な暴力、そしてそれを包み込むような久石譲の秀逸な音楽が、独自の破滅的な美学を構築しているのです。ちょっとした陶酔感すらある世界観……こういう、独自の空気感を持ちえた作品は、誰かにとっての傑作となりえるのかもしれません。

あなたと今作の相性はどうでしょうか? ぜひ一度、お試しを。ばっちり来たら、奇跡かも?
2.ソナチネをケアマネ視点で観る:「ヤクザ、辞めたくなったなぁ……」— 選択と人生の終焉への問いかけ
ヤクザとして長く生きているだろう村川ですが、冒頭でこう呟きます。「ヤクザ、辞めたくなったなぁ……。もう疲れたよ」
そして、劇中のいくつかの場面で彼が死を常に意識していることが示唆されます。そんな中の村川の一言、「あんまり死ぬの怖がるとな、死にたくなっちゃんだよ」
やくざとは、いわば死に近しい仕事。そんな村川であるがゆえに死から逃れられず、死に囚われ、故に生の疲労にとらわれている、のではないでしょうか。
彼の人生の終焉は、彼自身が選んだけじめによって唐突に訪れます。やくざという人生を選び、やくざとして生き続けた村川、だからこその決断……。そのラストシーンを見る時、介護という人生の最終局面がよぎります。
「これでよかったのだろうか?」という問いは、介護を受ける利用者さん、支援をする支援者たち、そしてご家族さん、全ての関係者が一度は感じることです。大なり小なり、介護は、というか人生は後戻りのできない選択の連続。意識的・潜在的、いずれであれ訪れ続ける選択、選び続ける疲労…そのストレスは村川が抱える生きることへの疲労感と同じではないか? と感じました。
介護支援専門員は、介護を巡る人達・支援者たちの疲労の前で無力なことも多々あります。できることはみんなの迷い・疲れを前に、取り得る選択肢を提示し、ただ静かに、共にその選択を見守り続けること……。
介護に、人生に疲れてしまった時、村川の生き方、生き抜き方は何かのメッセージとしてあなたに届くかも、知れません。一度、人生の二時間を今作と共に過ごしてはいかがでしょうか。
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3.【まとめ】激しく人を選ぶ無二の映画。あなたの人生の宝物になり得るか?
今作は、観客を感動させるための映画ではありません。まるで観客から目をそらしているようですらあります。
それでも、であるがこそ、合う人にとっては他には代えられない無二の映画であり、合わない人にとっては最初から最後まで退屈な、よくわからない映画であるという、極めて激しい二面性を持ち得ています。

さてさて、今作はあなたの人生観を揺さぶる人生の宝物になり得るでしょうか?




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