
原作を読んでいて、このあたりのエピソードが大好きでした。だからこそ、迷わず劇場に足を運びました。
猗窩座という敵は、倒すべき敵、というだけの存在ではありません。彼の抱えた過去と鬼になったの理由をなぞっていると、ケアマネの仕事と重なって見えてきました。
映画【鬼滅の刃・猗窩座再来】あらすじ(物語の概要)
鬼になってしまった妹・禰󠄀豆子を人間に戻すため、鬼殺隊に入った竈門炭治郎。彼は仲間達と絆を深め合いつつ、強大な敵と戦い続けていた。
無限列車での戦い、炭治郎は尊敬する炎柱・煉󠄁獄杏寿郎を上弦の参・猗窩座の手により失ってしまう。
その後、鬼殺隊の本部である産屋敷邸に鬼の始祖・鬼舞辻󠄀無惨があらわれた。駆けつけた柱達と炭治郎は、無惨の手によって謎の空間へと落とされてしまう。そこは鬼の根城、無限城。
宿敵・無惨を追う中、炭治郎達の前に憎き敵、煉󠄁獄を殺した張本人、猗窩座が現れる……。
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— 鬼滅の刃公式 (@kimetsu_off) December 20, 2025
劇場版「鬼滅の刃」無限城編
第一章 猗窩座再来
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1.劇場版 鬼滅の刃 無限城編をケアマネ視点で視る:幼少期から連続する『個性の形成』
この映画にはいくつかのピークがあります。蟲柱・胡蝶しのぶと上弦の弐・童磨との戦い、我妻善逸とかつての兄弟子であり上弦の陸となった獪岳との戦い、そして竈門炭治郎と水柱・冨岡義勇と上弦の参・猗窩座との戦い……。
その中で最大のピークは、猗窩座の過去の描写ではないでしょうか。ネタバレはしませんが、炎柱・煉獄杏寿郎との因縁もあり、全視聴者の憎しみを集めていた上弦の参・猗窩座ですが、その過去を知り、猗窩座というキャラクターの捉え方が大きく変わった方もきっと多いと思います。
ケアマネは基本、ご高齢者である利用者さんと出会います。生活に何かしらの支障が生じた高齢者の方、として出会う訳です。当然、様々な方がいらっしゃいます。ケアマネとの相性だってあります。そんな中、ケアマネは担当させていただく数十人のご高齢者の方との信頼関係を模索していくのです。
ケアマネが直面するのはご高齢の方の生活のしづらさ、困難さ。そこにそれぞれの方の個性・性格が混在して、それぞれのケースが成り立っています。つまり、いかに似たような環境、状況でも決して同じ解決策が通じるという訳ではないのです。
それぞれの方の課題に対する対策を検討する中、その方の歴史・生活史がヒントになる場合が多々あります。よくよく考えれば当たり前のこと。だって、みんな、生まれ育ち生きてきた道が違うのです。解決のヒントが人それぞれなのもまた、当然。
目の前の困りごとだけではなく、その方の過去にも目を向ける、そういった観点が必要のではないでしょうか。

猗窩座の過去を知った時、彼がまったく違う見え方をした方も多いのではないでしょうか。人を理解する、ということについて、改めて考えさせられる作品です。
\ 猗窩座と炎柱・煉獄杏寿郎との戦いが描かれている前作もチェック!/
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2.劇場版 鬼滅の刃 無限城編をケアマネ視点が観る:『敵の過去』描写はなぜ成功したか? 物語の対比が生む輝き
前述の通り、この作品の輝きの一つは、猗窩座の過去パートの完成度の高さ。多分、あの部分で涙を誘われた方もきっと多いはず……。詳細は省きますが、炎柱・煉獄杏寿郎を殺害した猗窩座は、あの場に立つにいたる理由があった、という描写は非常に秀逸。いわば、敵にも同情すべき事情があったパターンの成功例と言えるでしょう。
しかし、このパターンが成功を約束されたロジックである、とは言えません。色々な作品を見ていて「あぁ、またこれね」と思わなくもないからです。では、どうして本作では圧倒的な成功を収めることができたのでしょうか。
思うに、鬼滅の刃という作品の悪役・鬼の役割分担と配置のうまさ、に要因がるあるように思います。
猗窩座と同様の描かれ方をしているのは上弦の陸・妓夫太郎と堕姫。彼らも遊郭編で憎々しい姿を存分に見せつけた悪役ですが、その過去は壮絶な物で、「あぁ、こりゃ鬼になっても仕方ないよな」と思わせます。
彼らの悪行とその背景、そこにあるねじれは視聴者に言いようのない気持ちをもたらします。
一方、鬼殺隊の宿敵・鬼舞辻󠄀無惨、その他の強敵達は同情すべき背景もなく、いわば純粋な悪役。
つまり、絶対的な悪意を体現する敵がいるからこそ、悲劇的な背景を持つ敵(猗窩座、妓夫太郎と堕姫)が際立ち、観客の感情を揺さぶるという構造になっているのではないでしょうか。
人は良くも悪くも、飽きていくもの。同じような刺激は刺激を退屈に変貌させてしまう。それを回避するためには物語、登場人物の設定には大胆な緩急が必要なのだと思います。
暴力や吸血鬼という共通点を持ちながらも、描き方は大きく異なる二作。
それぞれ違う角度から『命の在り方』を問いかけてくる作品です。
\ 妓夫太郎と堕姫の過去が描かれている遊郭編も必見です!/
3.【まとめ】:背景を知ることで、世界の見え方は変わる
今作はもはや国民的アニメとなった鬼滅の刃の最終章の第一章、という位置づけでした。鬼滅の刃が子供だけでなく広く受け入れられているのは、単なる勧善懲悪というシンプルな構成ではなく、大人の感情をも突き動かす深みのあるエピソードの数々ではないか、と思います。
深みがあるからこそ、様々な人が色々なことを考える余地が生まれるのでしょう。猗窩座の過去から考える人生の連続性、対人援助における生活史の重要性もその一例。
日々、仕事やプライベートのタスクに追い回されている方は、過去を振り返るという、コスパの悪そうな時間を持つ余裕なんてないかもしれません。
ただ、どんな人にも、出来事にも、過去はあるのです。その連続性・背景を知ることはきっと今を生きることに役立つと思います。

興味を持たれた方はぜひ、妓夫太郎と堕姫が登場する遊郭編にも触れてみてください。そのエピソードの奥深さは、きっとあなたに気付きをくれるはず。
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