
この作品は、中古で安く買ったゲームの一つでした。どんな思い入れもなく始めた今作、一周目、二周目と周回するうちに刺さった棘はもう二度と抜けなくなっていました。
【ゲーム】ニーアレプリカントあらすじ(物語の概要)
荒廃した東京、主人公(以下、ニーア)とヨナはスーパーマーケットの廃墟に逃げ込む。そんな二人を正体不明の怪物が襲う。鉄パイプで応戦するニーア、敵を撃退してヨナの元に戻ったニーアが直面したのは、顔に黒い文字が流れていく、衰弱したヨナ。
そして、舞台はのどかな牧歌的な世界に。
ここでもニーアは病弱なヨナの世話をしながら生きている。ヨナは黒文病という、不治の病にかかっていた。村の周囲にはマモノと呼ばれる謎の敵が徘徊し、村は決して安全ではない。そんな中、ニーアはヨナのために危険な仕事にも立ち向かっていく。
そんな中、村が巨大なマモノに襲われる。そしてヨナはマモノを従える魔王にさらわれてしまう……。
1.ニーアレプリカントをケアマネ視点でプレイ:ニーア=ヤングケアラー説。いや、確信。
あらすじからも漂っていると思うのですが、このゲームは全体的に悲しさが漂っています。
ニーアは廃墟と化した東京で、そして異世界とも思える牧歌的な世界で、ヨナを守るために生きています。
ヨナは不治の病・黒文病にかかっており治療の術はない……そして、頼るべき両親もいない……それでもニーアは日々仕事をこなし、ヨナの世話をしつつ回復を祈っている……。
もう、泣かしにかかっているとしか思えません。
ニーア、よくよく見ればヤングケアラーですよね。
少年のニーアが、保護してもらうべき両親、社会的制度が不在であるがために本来の役割ではないヨナのケアを担っている、うん、100%ヤングケアラー。
私も一度、ヤングケアラーの方が介護を担われている、というケースを担当したことがあります。
そのケースとは異なりますが、ちょっと事例を挙げてみましょう。
若年性認知症のAさんと、20代半ばの女性・Bさん。
・Aさんは妻の交通事故死の後、男手一つで娘・Bさんを育ててきた。
・Aさんは会社員して働いてきたが50代に入ったころ、色々なミスが顕著となり、何度かの受診の結果、若年性認知症と診断。
・Bさんは大学卒業後、親元を出て会社勤めを開始。
・仕事が楽しくなってきたころ、父・Aさんの会社から連絡が入り、Aさんの異常を知る。
・若年性認知症、とのことで要介護認定を受け、ケアマネとともに介護サービスの計画も立てた。
まぁ、このあたりまでは一般的な流れかなと思います。
ただ、若年性認知症の難しいところは、お体は元気である、ということ。
・いったん自分の生活に戻ったBさんだったが、Aさんが一人出かけてしまい迷子になる、ということが頻発。
・その都度警察から連絡が入り引き取りの対応を求められる。
・またデイ、ヘルパーの事業所から度々連絡が入りこちらでも対応を求められる。
・都度都度Aさんのもとに戻らなくてはならず、介護サービスでもそのあたりのカバーしきれず、会社を退職。Aさんと同居することになる。
言い方は悪いですが、Aさんがお体が不自由で一人で外出できない状態だと、Bさんの流れも大きく変わっていたと思います。
お体が元気な認知症の方が一人で外出してとんでもなく遠くで発見されるのはよくあること。
生活の場を家に限定できないが故にどうしてもフォーマルな支援だけでは対応できない場面が生じてきてしまいます。
支援者としてはBさんが同居してくださることは本当にありがたいのですが……これ、全然望ましいことではないですよね。
Bさんの人生はBさんのもの。
一方、前述のトラブルを介護保険関係の支援者だけでカバーしきるのはとても困難。
……本当に難しい問題です。
そして私が実際、担当させていただいて感じていたのは、ヤングケアラーの方が感じているだろう同年代・同世代との格差とその辛さ。
自分は親の介護をしている中、クラスメートだった○○はバリバリ働いている、結婚して子供がいる……という、社会的環境。その落差が何より辛いのではないかと感じていました。
ニーアは、自ら率先してヨナのお世話をしています。でもそれは、本当にニーアが選んだことなのでしょうか。
きっとニーアは「ヨナを守りたい」というのでしょうが、それは彼の選択なのでしょうか。
そうせざるを得ない、という状況の中での選択は、選択と言えるのか……。
人が何を抱えて生きるかは自由です。重荷を抱えて生きるのもまた自由。
でも、重荷を自ら背負う、のと、背負わざるを得ない、では全然違うと思います。周囲との比較、逃れられない現実、そんな中の自分……そういう環境にいると、人は誰だって落ち込み、ふさぎがちになります。
ニーアはゲームの中だけの存在じゃない……そのことに改めて気づいた時、どうにも物悲しい気持ちになりました。
じゃ、ニーアが、現実のヤングケアラーの方の若者としての人生を担保するには何が必要なのか……まだまだできることは多いんだと思います。

・介護はある時突然やってくる。
・お体が元気、であるがゆえに生じる困難もある。
・できるなら、困難は多くの人と分け合いたい。
2. ニーアレプリカントをケアマネが観る:憎むべき敵の声、その先の美しい狂気
今作の特徴は周回前提であること。一周(一回のクリア)では物語の半分、いや4分の1も分かりません。
最低でも4周はしないと物語の全容、その美しさと悲しさ、狂気は理解できないのですが、それでもその4周があまり苦にならないのが本作のすごいところ。
2周目からは一部がカットされて短い時間で周回できるようにはなっていますし、何より1週目では語られなかった敵(マモノ)の声が聞こえるようになっているところがポイント。
1周目では憎むべき敵であったマモノのバックストーリーが判明していくのです。
泣けるエピソードも多々あり、そしてニーアが最後にたどり着く魔王という存在……思い出しただけで涙腺が……。
いわば本作は敵にも事情があったパターンではあるのですが、その美しすぎるBGM、悲しさを超越した狂気に満ちたエンディングも相まって、名作中の名作。
もちろん、合わない人は合わないゲーム。わざわざゲームでしてまで悲しくなりたくないわ! という人には合いません。
でもでも、私の長いゲーム史にあってトップofトップの作品です。
敵にも事情があるという構図は、よくあるけど心をつかまれます。
共通点のある奥深い物語も、あわせてどうぞ。
3.【まとめ】ゲームは体験、その一つの成功例
私はゲームは体験、と思っています。鑑賞を超えて、コントローラーを媒介にしてその世界に介入できる、それは映画・ドラマにはない快感です。
そして、今作、その2~4周目で自らの手で倒したくない敵を倒さなければならない、という究極の体験ができます。
敵を倒して悲しくなったのは今作が初めてでした……。
そしてその全体的な悲しさを彩っているBGM。語弊を恐れず言います、神曲ぞろいです。
特に、夏ノ雪、魔王は秀逸。
魔王……その名の通りニーアが最後に倒すべき存在なのですが、彼の正体、彼の想い、魔王を倒すということ、その意味……その先の救済と未来……うぅ。
またまた語弊を恐れずに言うのであれば、命は長らえるためだけにあるものではないのではないか、と、魔王を見ていて感じます。
最後の最後で命に縋ったとしても、本当の最後、その一瞬、心が満たされたのであれば、その命には少なからず意味があったのではないか、価値があったのではないか、と……。
人には色んなタイプがあると思います。ルーティンの中に身を置くことで安心するタイプ、新しい経験・体験に心躍るタイプ……。今作は、後者の方にはぜひおすすめの一作です。
ニーアレプリカント、こんな人におすすめ!
・美しく儚い世界観が好きな方。
・明るく平和な物語に飽き飽きしている方。
・敵を倒したくない、という体験がしたい方。

ゲームにストーリー、音楽、そして体験を求める方には最高傑作になるポテンシャルを秘めた作品です。絶対おすすめ!
ニーアレプリカントを体験したい方へ
新たな環境に救いを求めたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
▼ 詳しいプロフィールは以下。▼





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