
『あの状況を異常と思わなかったのか?』
著名な賞を受賞し、世界的に注目されている今作。一見すると静かな映画ですが、そのバックボーンを知れば知るほど、奥深い作品となります。
日本で実際にあった、異常な状況を日常としてしまった事例を通じて、本作の持つ奥深さを考察します。
関心領域(原題: The Zone of Interest) 物語の概要(あらすじ)
第二次世界大戦中のポーランド。ドイツ軍のルドルフ・ヘス中佐は所長としてアウシュビッツ強制収容所と壁一枚を隔てた邸宅で暮らしていた。
ヘスの妻が作り上げた邸宅の庭は緑豊かで、プールまである立派なもの。ヘス一家は清潔な家で、整備された庭で、自宅周辺の豊かな自然の中で、子供達をのびのびと育てている。
ヘス一家の何気ない日常は幸福で、平穏で、平凡で、平和。
ただ、壁の向こう側から聞こえてくる物音以外は……。
#関心領域
— 『関心領域』公式アカウント (@ZOI_movie) May 24, 2024
★★★
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関心領域をケアマネ視点で視る:地獄と日常の境界線
日本ではあまり知られていない映画ではないでしょうか。
実は第76回カンヌ国際映画祭にてグランプリ、FIPRESCI賞を獲得したり、第96回アカデミー賞にて国際長編映画賞・音響賞を受賞するなど、世界的にはとても話題になっていた映画です。
正直、内容としてはドイツ人の家族の日常を静かに、淡々と映している内容。
ただ、ヘス一家の邸宅の場所を知った瞬間、そしてその壁の向こうで何が行われていたかを知るほどにこの映画の見え方が変わってきます。
こう思う方もいるのではないかと思います。
「あんな環境で普通に暮らせるなんてどうにかしている」
「あの一家が普通じゃなかったんだ」
でも、そうとも言い切れないのが人間の恐ろしいところ。
実際の事例を通じて、考えてみましょう。
A病院の例。
・もうずいぶん昔の病院(A病院)、看護職員の暴行により患者二名が死亡する事件が起きた。
・A病院は対応困難な患者を積極的に受け入れる病院ではあったが、一方、以下のような問題行為が常態化していた。
・看護職員が診療をする(違法行為)。
・療法という名目で経営者家族が経営する会社で患者を働かせる。
・ベッド数を上回る患者を入院させる(違法行為)。
・看護職員による徹底管理(入院患者の中から選ばれた者に特権を与え、患者が患者を監視する体制)と、従わない者への暴力。
・残した食べ物を捨てたことを理由に鉄パイプで殴打。
・事件発覚後の宇都宮病院職員の報告によれば、職員は患者への虐待行為を看護として認識していた。(出典:Wikipedia、論文)
これ、信じられないかもしれませんが、実話です。ずいぶん前、と言っても戦後何十年とたった昭和の頃の出来事、そして日本で起きた事件です。
精神保健福祉の勉強をした方はピンとくる事件だとは思います。
ナチスドイツはユダヤ人絶滅計画(一般的にはホロコースト)を遂行していたということは歴史に詳しくない方でも聞いたことはあるかもしれません。
ヘス一家の平穏が私達にとって異様に映るのは、戦争中だからでも、ドイツ軍の将校の一家であったからでも、壁一枚隔てた向こう側で虐殺がなされていた、からでもありません。
彼らがその環境に慣れているからです。
あんな異常な状況にすっかり慣れているからです。
作中にそれを象徴する出来事があります。
ヘスの妻の母のエピソード
・妻の母が一人、ヘス邸に遊びに来る。
・彼女は当時のドイツ人の女性として、ユダヤ人に対する一般的な価値観(もちろん現代では絶対に認められない強烈な差別意識)を持った人物。
・当初はその美しい邸宅に感心するものの、すぐに異様さに気が付く(恐らく、物音や臭い)。
・ある朝、何にも言わずに邸宅を去ってしまう。
つまり、彼女はヘス邸に慣れることができなかったのでしょう。
人間には慣れ、というものが必要です。
様々な刺激を平準化して心身の平常性を維持するためには必須の反応です。
ヘス一家同様、A病院のスタッフたちも慣れてしまったのでしょう、その異常な環境に。
私達だって、ヘス一家やA病院のスタッフたちのようにならないとも限りません。
いやもしかすると、もうなっているのかもしれません。
だって、世界はあまりに多くの悲劇にあふれていのですから。
そして、私達の平穏は、そのすぐそばにあるのです。
そう、ヘス一家の邸宅のように。

・人間には順応性がある。
・それは人間が生きていくために必要なこと。
・時々でいいから、自分がいる場所について考えることも大切。
関心領域をケアマネが観る:今作のために知っておくべきことの考察
今作は、第二次大戦中のドイツ、ホロコースト、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所、辺りの歴史的背景、その史実を知っていることが大前提の造りです。
その構造自体が非常に画期的で革新的で、この手法でなければ今作の持つメッセージ性は実現し得なかった、と思うのですが、それまた別の機会に。
私は高校卒業程度の知識しかない状態で見ましたが、それでも十分衝撃的でした。
ただ、鑑賞後、色々調べてみたら、よりその衝撃が増しました。
以下、私が感じた、今作を理解するうえで知っておいた方がいいと感じたことをご紹介します。
なお、ヘス一家やその邸宅に関する描写は史実、とのこと。
主人公:ルドルフ・フェルディナント・ヘス
・ナチスの親衛隊の将校(最終的には中佐)。
・なお、ナチス副総統のルドルフ・ヘスとは別人であることに留意。
・ユダヤ人絶滅計画を聞かされた時の心境について、「この命令には、何か異常な物、途方もない物があった。しかし命令という事が、この虐殺の措置を、私に正しい物と思わせた。当時、私はそれに何らかの熟慮を向けようとはしなかった。私は命令を受けた。だから実行しなければならなかった。」と書いている。
(出典:アウシュヴィッツ収容所:所長ルドルフ・ヘスの告白遺録)
ヘス邸の壁の向こう:アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所
・実際にあったのはアウシュヴィッツ強制収容所(ビルケナウ強制収容所は隣村にあった)。
・ユダヤ人をはじめ、政治犯、ジプシー(ヨーロッパの移動型民族)、障害者、同性愛者etc…、当時のドイツ社会におけるマイノリティ。
・ぎゅうぎゅう詰めの貨車によって移送されると、労働力、人体実験の検体、価値なしに分類。
・価値なしと分類された人々は処刑(多くが女性や子供、老人。いわゆるガス室送り⇒焼却処分)。
・ガス室を免れた人々も、私物は全て没収、囚人服が唯一の所有物となる。
・収容者の中でも人種などをもとに階層が形成され、下層になるほど環境は過酷になる。
・収容者には労働が課されていたが、死亡者の処分(ゾンターコマンド)、収容者の監視(カポ)、そして何の生産性のない作業の強制など、過酷な内容であった。
・ゾンターコマンドは口封じのため定期的に処分された(処刑⇒焼却処分)。
・住環境、食生活も劣悪。低栄養と非衛生的な環境のため病気が蔓延。
・行われていた人体実験は残虐で非人道的な内容(ヨーゼフ・メンゲレが著名)。
(出典:Wikipedia)
ヘスの邸宅の隣で行われていたことは、こんな筆舌に尽くしがたい地獄でした。
そんな地獄のすぐそばでの平穏……そしてそれを担っていたヘスが仕事の一環としてそれを捉えていたこと……それを理解した時、実感した時、この映画は化けます。
そこにはこの映画でしか体験できない、言いようのない違和感が待っているのです。
非人道的な現実……それは、もしかすると私達のすぐそばにあるかも……。
そう感じさせてくれる作品たちです。


【まとめ】平穏の向こう側
ホロコースト、強制収容所……こういった出来事、極悪非道な人物によって悪意をもってなされたのであれば、納得感があります。
でも、ヘスは命令されたことを忠実にこなしていた、といった心境であったことが伺えます。
また人体実験の中心人物であったとされるヨーゼフ・メンゲレも、囚人たちの間では親切な人、と評されていたそう。
こういった人類の負の歴史も、個人レベルで見れば私達とそう変わらない、組織の中での指示をこなす、といった人々によってなされていた……そう考えると、人間の業の深さを感じざるを得ません。
生きていくために必要な慣れ、が、人間の尊厳を踏みにじるものになり得てしまう……。
歴史のある側面を通して、現代に生きる私達についても考えさせられる、ほんと、深い映画です。
関心領域、こんな人におすすめ!
・物事の背景、裏側を考えるのが好きな方。
・歴史の一面を感じたい方。
・人間という存在に向き合いたい方。

一見した印象とは違い、ものすごく奥深い映画です。
映画を自分から楽しみにいく、学び取ろうとする姿勢を持てる方であればたくさんの学びがあるはず。おすすめです!
関心領域 をお手元に置いておきたい方へ
正さと平穏が両立する職場で働きたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
▼ 詳しいプロフィールは以下。▼


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