
『その救いは、望ましいことなのか?』
本当に悲惨で残酷な今作……何とか最後まで見終えた時、私の心にそんな疑問がよぎりました。
多々羅によって救い出された杏、その後の彼女……。一人のスーパーヒーローのようなヘルパーさんに救われ、であるが故に絶望に突き落とされた方の事例を交え、望ましい救いについて考察します。
【映画】あんのこと 物語の概要(あらすじ)
杏は母子家庭に生まれた。母親は自堕落な生活に杏を巻き込み、12歳で売春を強要する始末。
杏は幼い頃、自分をかばってくれた祖母を見捨てることができず(杏、母親、祖母の三人暮らし)、母親の言いなりにならざるを得ない。押しつぶされそうになるストレスをリストカットと覚醒剤で何とかやり過ごす日々の中、杏は逮捕されてしまう。
取り調べ担当になった刑事・多々羅は、警察官として働く一方で薬物更生者の自助グループを運営している人物だった。彼の尽力によりDV被害者のシェルターに入り、介護の仕事に就き、夜間中学校に通う等、人生を取り戻しつつあった。
しかしコロナパンデミックが積み上がりつつあった人生を阻んでしまい、悲劇は加速していく……。
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— 映画『あんのこと』公式 (@annokoto_movie) November 12, 2024
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1.あんのこと をケアマネ視点で視る:点でなく面であるべき
この映画、影の主役は杏の公私を支えることになる多々羅なのですが、多々羅のもたらす救いがあまりに有能であったことが悲劇を加速させてしまったのは確かなこと。
一人の有能な誰かに頼りすぎてしまう、ということは介護の現場でもあり得ることです。
事例をもとに考えてみましょう。
スーパーヘルパー・Aさんに救われたBさんの場合
・Bさんは奥まった路地にある古い、段差の多い家で独居。交通の悪い場所にあり生活しづらい立地。
・転倒による入院、骨折の影響で今までのように歩けなくなってしまったBさん。自宅内はなんとか伝い歩きはできるものの、お風呂とお買い物、銀行の用事に苦慮していた。
・在宅復帰の際に介護保険を利用することになったBさん、ケアマネに紹介されたのが若い男性のAヘルパー。
・Aさんは人柄もよく、また介護技術に優れていたためにBさんはAさんに信頼を寄せる。
・デイに行きたくない、というBさんの声に応え、Aさんは設備の整っていない自宅のお風呂で入浴介助を実現、買い物に行きたい、銀行に行きたい、という要望にも、Bさんをおんぶするという力技と融通の利く支援時間で応えていた。
ケアマネとしてはこういうヘルパーさんの存在って、ありがたいんですよね……。
ちゃんと介護保険のルールは守りつつ、適切な融通を利かせてくれて……。
ただし、リスクもあります。
・仕事のできるAさんがサービス提供責任者に昇格。今までのように現場に支援に入ることが難しくなってしまう。
・今までAさんが担当していた仕事は別のヘルパーが入るようになり、Bさんの支援にもAさんが入ることが減ってしまう。
・いままでAさんにお願いすれば叶っていたことがなかなか実現しなくなり、デイの利用の話も出て、Bさんはケアマネをはじめ支援者に対して心を閉ざしがちになってしまって……。
そう、特定の個人の力に頼りすぎると、支援の継続性を担保しにくくなってしまうのです。
インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアの記事でも書きましたが、この業界、人の入れ替わりが激しいのは事実です。
理由はどうあれ、同じ人が同じ支援に入り続けることは現実的でないのです。
だから、一人の能力の高い支援者に一つ支援をお願いし続けることは、結局ご本人の不利益に繋がります。
その時はいい、ただいつか変化が起こり、その変化はご本人にとってマイナスな変化になってしまいます。
支援は、一人の卓越した力ではなく、仕組み・制度としてなされるべきです。
杏は確かに多々羅がいたから救われました。しかしそれは仕組み、制度ではなく、多々羅個人の尽力、でした。
もし杏が何らかの組織によって救済の手を差し伸べられていたら……。そう思わざるを得ませんでした。
いや、そもそも、そういう組織がなかったから多々羅の力が必要だったとしたら……。
答えはありません。ただ、出来るだけ多くの人で、チームで、仕組みで、救済はなされるべきだとは思います。

・できる支援者はありがたい。
・でも、その力を借り続けることはできない。
・支援は点でなく面で整えるべき。
2.あんのこと をケアマネが観る:なぜ、今作はここまで心にくるのか。
この映画、すごいです。
多分、あの伝説の鬱映画、ダンサー・イン・ザ・ダークと並びます。
あらすじだけでもなかなかなのに、こんなのまだまだ序の口、ネタバレは控えますが中盤に起きる大きな出来事が杏を更なる窮地に追い込みます。
心が重たくなるばかりの今作、さらに私達の心を打ち砕くのは、この物語が事実をもとに作られたものであるということ……。
きっと、今でも杏のような人は存在しているのでしょう。
そんな社会で生きる私、うぅ……。
育児放棄、ネグレクト……高齢者福祉に関わる私にとってはずいぶん遠い世界の出来事に思えます。
こういうことがあって、どうしようもなく悲劇で、その方々のためにも、社会にとっても、絶対何とかすべきで、でも何もしていない私……。
そう、悲劇があると知っているのに、何もせずただ自分の生活で精一杯な私……。
そう、この作品が「なんかすごい映画があるみたいよ」と噂になり、多くの人の目に触れ、好評を得ているのは、あるはずなのに気が付いていない罪悪感にスポットライトを当ててくれるから、ではないでしょうか。
見たくない、知りたくない自分に出会わせてくれる、という体験をもたらしてくれるから……。
生半可な気持ちで見るべきではありません、ただ、是非多くの人に見て欲しい作品です。
圧倒的な悲劇である今作。
悲しいだけではない、数多くのものを含んだ作品もあわせてどうぞ。


3.【まとめ】心が重たくなる映画
心に刺さる、その棘が多くの人の深層を抉り出すような破壊力を持っている今作……。
映画って、人によって色んな楽しみ方があるメディアだと思います。すかっとしたい方、ドキドキしたい方……。
心にどしっとくる作品が好き、という方もいると思います。この作品はまさにこれ、近年まれにみるどっしりぶり。
見たくないような悲劇ばかりが続く映画ですが、ぜひ、現代を生きる多くの人が見るべき映画です。
機会があればぜひ。
あんのこと、こんな人におすすめ!
・社会問題を提起するような作品が好きな方。
・思いっきり打ちのめされたい方。
・今の社会について考え続けたい方。

重たい映画です。大嫌いな人は本当に受け付けない作品だとも思います。
ただ、多少の創作はあるとはいえ、事実ベースで製作されているということを踏まえ、多くの人に届いてほしい作品です。
あんのこと を今すぐ見たい方へ。
あんのこと をお手元に置いておきたい方へ。
少しでも希望を持ちたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
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