
『どうして世界はこんなにも不条理なんだろう?』
日本でも話題・課題となっている難民・移民問題。
ずっと以前からその課題に直面しているヨーロッパで、採算度外視で難民救助に取り組む若者たちを描いた作品です。
善意が誰かを救い、やがて限界に直面する事例を通じて、人間が抱える欲求の業について考察します。
2万3000の命 物語の概要(あらすじ)
リビアの混乱が激化、多くの難民がゴムボートでヨーロッパを目指し地中海に乗り出し、そして溺れ死んでいる……そんな現実に直面したドイツ・ベルリンの大学生のルーカスは、学内で「溺れる難民を救おう!」と声を上げ始める。
当初、活動は停滞していたが、次第に多くの仲間が、そして資金が集まり始め、やがて救難船を購入(イウヴェンタ号)、地中海に出港するルーカスと仲間たち。
救難活動は順調な滑り出しを見せるものの、やがて多くの現実と困難が彼らに立ちふさがる……。
THREAD!
— iuventa-crew (@IuventaCrew) August 2, 2023
The seizure of the iuventa 6 years ago and the start of the trial aimed at silencing us.
But they didn‘t manage: we continue the fight against the European border violence.
The last year has been very busy. A lot has happened since the preliminary trail started…
1/5 pic.twitter.com/DdyzsCf1fq
2万3000の命をケアマネ視点で視る:善意の取り扱い方
つい最近、某サブスクで公開された実話をもとにしたドイツ映画。
難民、移民という問題にずいぶん以前から直面していたヨーロッパの内情を知るのにはとってもいい映画だと思います。
作中で取り上げられているのは、リビアからの難民。
戦禍から逃れるためとはいえ、リビアというアフリカの国からゴムボートという安全性の低い船で、地中海を横断する……それはまさに命がけの旅。
その航海の途中、ゴムボートが転覆してそのまま溺死してしまう方も多かったよう。
ルーカスはそんな報道にいてもたってもいられなくなり、彼の灯した小さな善意の火はやがて大きく成長するのですが……。
ルーカスほどではなくても、私たちの周りにも小さな善意の灯がともることがあります。
しかしそれは、いくら燃えたとしても例えばろうそくの火のような、シンプルで継続性に課題がある場合が多いもの。
実際の事例を通じて、考えてみましょう。
Aさんを支えたご近所さん達。
・Aさんは独身の女性。昔から街の駄菓子屋さんを経営しており、多くの子供たち、その親たちと交流を持っていた。
・お店を閉じて10年、それでも近隣の人たちとの交流は続いていて、Aさんもそれを楽しみにしていたが、ゴミ出しの日を間違える、回覧板がAさん宅で止まる、という出来事が起き始める。
・ゴミ出しの声掛け、回覧板は回した人が一緒にAさんと確認してその手で次の人に回す、など、できることからAさんを助けるご近所さん達。
・やがて買い物に行ってもお会計がうまくいかない、着る服の季節感が変である、というような問題が目につき始め、ご近所の方が交代で毎日Aさんの様子を伺いに行き、買い物は誰かが声をかけて一緒に行く、冷蔵庫の中を一緒に確認する、という風に支援が拡大。
・やがて地域包括支援センターに相談が入り要介護2の認定もおり、ケアマネがついた。
・その頃、Aさんには分からないことがあれば時間を問わずご近所を訪問する、という行動がみられていたものの、ケアマネはご近所のネットワークに感動していた。
・着任早々、ケアマネはご近所の方から相談を受ける。「……Aさんって、施設に入れないんですか?」
こういう、ご近所さんのインフォ―マルな支援ネットワークって、時々、自然発生的に生じているものです。
私たち支援者からすればとってもありがたいことで、本当の心強いのですが、やはり一般の方の善意で成り立っている、ということは忘れてはいけません。
私たちは仕事で、時間を区切って対応していることでも、ご近所の方からすればそれは生活の中の一場面。
結果的に24時間の対応が求められることもあり得てしまいます。
善意は本当に素晴らしい人間の心理ですが、負担が意欲を超えてしまうとすぐに限界が来るものでもあります。
純粋な善意をすっ、と制度に乗せること、人間の善意という欲求と支援をうまく切り離すこともまた、私たちに求められていることなのかなと感じます。

・善意は自然に醸成される。
・人の善意は清らかでスピーディ。
・でも、それに頼りきりではいけない。
2万3000の命をケアマネが観る:今作の前後関係の考察
今作の舞台は2015年。ドイツでは大量の難民が地中海を経て押し寄せました。
いったんは多くの難民を受け入れたドイツでしたが、様々な問題に苦慮した結果、難民の受け入れを抑制する、という流れに至ったそうです。
今作の内容をより深く理解するには、この時期の難民・移民について知っておいた方がよりスムーズ。
そもそも、どうしてヨーロッパに多くの難民の方がやってくることになったのでしょうか。
作中でも時々出てきますが、きっかけはリビアという国です。
リビアは長らくカダフィ大佐という人物の独裁によって統治されていましたが、民主化運動がきっかけでカダフィ大佐が失脚・処刑され政権が打倒されてしまいます。
それでリビアが民主国家として生まれ変われればよかったのですが、実際には国家の統治が破綻、無政府状態となり多くの難民が生じることとなります。
作中でも出てくるのですが、このあたりの出来事には本当に心が痛みます。
困った人を助けてあげたい、と思うのは、きっと人間の本能。
ドイツでは当時、首相であったメルケル氏の名言「私達はやり遂げられる」に体現されるように、難民・移民を積極的に受け入れようという機運が高まります。
しかしやってきた難民・移民(リビア以外の国から来た人々もいた)は余りに膨大でした。行政手続きがパンクした上、ケルンという都市で痛ましい事件(ケルン大晦日集団性暴行事件)が起き、ドイツ国民の難民・移民への感情は一気に反転します。
詳細はwikiに譲りますが、簡単に言うと、難民・移民の一部が暴徒化し女性を襲った、というこれまた痛ましい事件。
ルーカスの活動は、これらの時期に始まり、続けられ、そして世論を背景とした国家と対峙することになります。
まとめると……
①リビアで政権が倒れ、無政府状態となり、多くの人が国を離れようとする。
②地中海で溺死してしまう難民が多数発生、ルーカス達がそんな難民を救いたいと立ち上がる。
③ドイツも難民を受け入れようとするが、ケルン大晦日集団性暴行事件がきっかけとなり、反移民、女性の身の安全を求める声が高まり、ルーカス達の逆風となる。
という流れ。
これ、出来事の動機=欲求、という視点で見ると……
①リビアで政権が倒れ(民主政権の欲求)、無政府状態となり、多くの人が国を離れようとする(安全に暮らしたい、という欲求)。
②地中海で溺死してしまう難民が多数発生、ルーカス達がそんな難民を救いたいと立ち上がる(困っている人を助けたい、という欲求)。
③ドイツも難民を受け入れようとするが(困っている人を助けたい、という欲求)、ケルン大晦日集団性暴行事件がきっかけとなり、反移民、女性の身の安全を求める声が高まり(安全に暮らしたい、という欲求)、ルーカス達の逆風となる。
こう言ってしまうと当たり前かもしれませんが、世界で起きている出来事は人が起こしているものであり、人は何かの欲求によって行動します。
難民を生んだものも、助けたのも、窮地に追い込んだのも、全て人の欲求に帰結します。
人を助けるのも困らせるのも欲求……なんか、ほんと、世界って不条理ですよね……。
今作を見て痛感するのは、なんと世界は不条理なのか、ということ……。
不条理に苛まれる作品も併せてどうぞ。


【まとめ】欲求と向き合うこと
住みやすい国にしたい、安全に暮らせる場所に行きたい、人を助けたい、安全な生活を守りたい……難民問題の前後で起きた出来事、一つ一つ見れば別に非難されることでもなく、当然の欲求と言えます。
なのにどうして世界はこんなにも複雑で、問題の解決は絶望的なのでしょうか。
それぞれが正しいことをしようとして、それが悲劇に至ることだって多々あると思います(今回の件で言えば、ケルンの事件だけは例外ですが)。
人間、生きている限りあらゆる欲求と付き合っていかねばなりません。
私達にできることは、それぞれの欲求と向き合い、より良い方向に制御しよう、と試みることだけなのかも……。
2万3000の命、こんな人におすすめ!
・難民・移民問題に関心がある方。
・若者が頑張る姿が好きな方。
・歴史的出来事を多角的に観察したい方。

とても考えさせられることの多い映画です。何が正解か分からない中、ルーカス達の姿、そこから受ける印象は確かなはず。
マイナーな映画ですが、ぜひ多くの人に見てほしい映画です。
ヨーロッパの難民問題を知りたい方へ
(今作は某サブスクのみでの配信であり、関連書籍のご紹介です)
正さを共有できる職場に巡り合いたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
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