
『少年の人生は、運命だったのか……?』
実際の事件をもとにした、超劇鬱映画……。絶え間ない悲劇に目を背けたくなる今作ですが、実は比較的身近な支援の現場と共通する部分もあったり……。
アルコール依存症の家族の事例から、少年が唯一救われる可能性があった瞬間について考察します。
MOTHER マザー 物語の概要(あらすじ)
秋子はシングルマザー。働くことが大嫌いで、楽しいこと、気持ちいいことが大好き。
息子の周平を学校に通わせることもなく連れまわし、両親や妹から借りたお金を享楽的に使う日々。そのお金が無くなれば周平をだしにお金の無心をする。使ってその日暮らし。当然、借りたお金は返さず、家族とは絶縁状態。
そんなある時、秋子はホストの遼と付き合うようになる。享楽的なその日暮らしに遼が加わり、やがて秋子は遼の子供を妊娠する。
そんな中、ホームレス同然の暮らしをしていた親子を行政の福祉職が保護、三人(この時、遼は蒸発していた)をシェルターに住まわせる。
ようやく安定し始めた暮らし、周平はフリースクールに行って学ぶ楽しさをかみしめるが、そこに姿を消していた遼が現れて……。
秋子は周平を連れて、破滅への道を突き進んでしまう……。
MOTHER マザー をケアマネ視点で視る:秋子と周平は最悪の組み合わせ
この事件のこと、まだ覚えておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
思いっきりネタバレになるので事件のことには言及しませんが、本当に、心からうんざりするような事件……。
今作を観る人はその事件を丹念に追うことになりますが(ストーリーには多少の脚色はありますが、秋子と周平の関係はおおむね事実通りの様子)、本当に、本当に嫌な事件です。
共依存、物語の終盤で秋子と周平の関係はそう言い表わされます。
共依存って、福祉の現場、特に薬物・アルコールに関するケースで見られる状況です。
一般の方にはなかなか想像できないかもしれませんし、ちょっと事例で考えてみましょう。
小さなお店の店主・Aさんと妻・Bさんの場合
・Aさんは商店街で小さな個人商店を経営していた。Bさんはその妻としてお店とAさんを支え続けてきた。
・子供が成人するまでは経営も順調であったが、地域の過疎化、ネット・宅配の進化によりだんだん個人商店という業態が行き詰りつつあった。
・売り上げが低下し、銀行からの融資も途絶えてしまう中、Bさんはパートで家計とお店を支えることに。
・そんな頃、Aさんのお酒の量が増え始める。最初は二日酔いがひどい程度であったが、昼間も飲むようになり、やがてお店にせっかくのお客さんが来ても気が付かないほどに。
Aさんの飲酒、その量の増加、分かる気がします。
Aさんにはお店を立ち上げ維持してきた、それで家族を養ってきたという自負があったでしょう。
そして、個人の力ではどうすることもできない時代の流れ、そんな中、今更別の仕事ができるわけでもなく、奥さんをパートに出してしまっている不甲斐なさ……。
そういったものがAさんをお酒に走らせたのだと思われます。
・Bさんは慣れないパートでお金を稼ぎ、何とかお店とAさんを支えようと奮闘。
・息子・娘達が心配しても「今までお父さんに助けてもらったからその恩返しなの」と気丈に振舞う。
・Aさんのお酒は深まり、常連さんとけんかになる、支払いもままならないままお店でお酒を買おうとしてトラブルになる、路上で転倒して救急搬送される、と社会生活に支障をきたすように。
・「お父さん、お酒はほどほどにね」と注意しつつ、常連さんに頭を下げ、トラブルになったお店に行って謝罪し支払いをする、病院に行って手続きをするBさん。
・転倒による受傷がきっかけで入院した総合病院のPSW(精神科ソーシャルワーカー)との面談、Bさんは告げられる。「奥さん、あなたはイネーブラーと呼ばれる存在になってしまっていますよ」
イネーブラー・イネーブリング、聞き馴染みのない方も多いと思います。Wikipediaによると……
個人のある種の問題の解決を手助けすることで、実際には当人の問題行動を継続させ悪化させるという、問題行動を指す。
とされています。つまりBさんの……
・喧嘩になった常連さんに頭を下げる。
・トラブルになったお店に謝罪し支払いをする。
・そもそも、働けずお酒におぼれるAさんを金銭的に支援する。
という行動がイネーブリングに該当する可能性があります。
Bさんに悪意はないでしょう。むしろ、その行動の根源は善意・夫婦の絆、そういったものだったでしょう。
しかしそれらの行動がAさんの飲酒を維持・継続していた、とも思えます。
特にアルコール依存症の方の支援において、しばしば言及されるのは底打ち・底打ち体験、という言葉。
・本人自身が「このままではやっていけない。薬物を止めるしかない」と感じる、内面的な変化や状態のこと。
※厚生労働省・ご家族の薬物問題でお困りの方へ(家族読本)・第5章Q&A より
と定義されると思います。
Aさんのケースで言えば、Aさん自身がお酒で破滅的な失敗をしてしまい、「あぁ、もうお酒は辞めなきゃだめだ」と思うこと、ということになるでしょう。
Bさんによる支援は、Aさんに訪れるべき底打ちを遠ざけ、依存という状況を延期させている、という点でイネーブリングに該当するのではないでしょうか。
……さて、周平がイネーブラーだったとして、秋子を底打ち体験に導けたでしょうか。
周平は、秋子を破滅させるため、援助をしないという選択はできたでしょうか。
……周平にそこまで求めることは、正しいのでしょうか。
そんなこと、ないはず。
周平を助けるのは、社会であるべきでした。周平をイネーブラーにさせていたのは、社会だからです。

・誰かを助けることはいいことのはず。
・その支援が、弱さを支援していてはいけない。
・尻ぬぐいは、支援ではない。
MOTHER マザー をケアマネが観る:唯一、周平を助けられたタイミングについての考察
誰か、誰か周平を助けてあげて……。
今作人は何度もそう心の中で叫ぶことになります。
秋子親子には、その長い放浪生活の中でいくらかの他者が関わりを持ちます。
ホストの遼は論外ですが、ラブホテルの支配人や、建築関係の会社をしている社長など、社会の中でまっとうに生きている人達もいます。
しかし、秋子と周平は悲劇的結末を迎えることになるのですが……。
私がこの耐え難い2時間を見続けて、たった一つ、周平を助け出せたんじゃないか?! と思ったタイミングがあります。
それは中盤、ホームレス同然となっていた秋子と周平(と、遼との子供である冬華)が行政の福祉職によって緊急避難シェルター(単身者用のホテル)に身を寄せることになった場面。
※おそらく、生活困窮者自立支援制度に基づいた支援と推察されます。
3名の職員で秋子達を保護、周平にはフリースクールを紹介し、秋子には就労を促す(もちろん秋子に働く気などさらさらありませんが)……この映画でほぼ唯一、希望が感じられる時期です。
しかし遼が転がり込んできて(遼は秋子の妊娠を機に姿を消していました)、なおかつ闇金からお金を借りたことで事態は一変。
そんな時、秋子達の担当になった若い女性職員が周平と冬華に本を届けにきます。
本に喜ぶ周平と冬華、そこに秋子が帰ってきて……若い女性職員に凄んで追い返してしまいます。
ここ、ここ!
若い女性職員は秋子の怒声によって追い返される前、「本当にこのままこの場を離れていいのか?」と迷うような表情をします。
この時、秋子はかなり粗暴な態度をとっていました。若い女性職員が怯えてしまっても仕方ありません。
ただ、どうしてこの時、複数で訪問しなかった?!
もしあの時、複数訪問していたら、絶対、変わっていたはず。絶対、絶対……。
結局4人は借金取りから逃れるため、シェルターから夜逃げしてしまい、舞台は最悪の結末に至る場所に移ってしまうのです……。
生活困窮者自立支援制度はとても大変な対象者も多いことでしょう。
人手が豊富にあるとも思えません。
ただ、対応が困難、かつ課題が大きい対象者には複数訪問で臨むべきではないでしょうか……。
映画の中の描写だとしても、本当に悔やまれる場面でした……。
毒親、絶望的な状況……それでも人生を手放さない、悲しみと強さを持った人々が描かれた作品です。併せてどうぞ。


【まとめ】この映画が存在し得る理由
……ものすごい映画です。
そして、きっと、誰しも、見たくもない物語です。
それでも、多くの方の尽力によってこの映画はこの世界に存在しています。
そして、わずかな労力と2時間少しという時間があれば、いつでも今作を観ることができます。
「秋子は毒親!」
「秋子に親の資格はない!」
「秋子、ほんとくそ!」
そう、叫びたくなるでしょう。唾棄したくなるような人物として秋子は描かれています。
それでも、それだけで終わらせてはいけないのではないでしょうか。
それではあまりに周平が報われません。
力なき一市民、平凡なケアマネとして、せめて、せめてこの映画をもとにできることと言えば……
・どうすれば周平を救えたのか。
・どうして周平は存在し得てしまったのか。
ということを少しでも、一瞬でも考えることだと思います。
多くの人の目に触れ、一人でも多くの人がこの実際に起きた悲劇について思いを馳せる、このことのためだけに、この映画は存在しているといってもいいと思います。
MOTHER マザー、こんな人におすすめ!
・社会派な映画が好きな方。
・重たく暗い映画が好きな方。
・今の社会について考えたい方。

もはや、軽い気持ちでは見てはいけない映画です。本当に気分の悪くなる内容だから。
それでも、縁があって観ることになった方、観ようと思った方には受け止めて欲しい物語。
一緒に、周平に思いを馳せましょう。
MOTHER マザー をお手元に置いておきたい方へ。
救いのない職場から逃げ出したい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
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