
『彼らは、何によって彼らなのか』
高校教師、未成年で著名な野島伸司氏脚本による、ある意味伝説的なドラマ。
知的障害者の方々をメインに据えたという点で異色な作品かもしれませんが、そのストーリーもまた、伝説の一助となっています。
精神障害をお持ちの方への支援の事例を通じ、私達が利用者さんを見る目について検討します。
聖者の行進 物語の概要(あらすじ)
永遠(いしだ壱成)は父親と母親、弟の四人家族。生まれながらに知的障害があり、そのことが要因で家族にすら疎まれつつ暮らしている。
ある時、永遠は竹上製作所という町工場につれてこられる。そこは町の名士といわれる竹上(段田安則)が営む工場であり、彼は永遠のような知的障害者を雇用した上に食事や住居を提供している。
永遠は同じ知的障害を持った仲間たちと出会うが、そこは竹上やその親類、一部の従業員によって虐待される劣悪な環境だった。
そんな中、永遠は携帯電話を拾う。その持ち主はありす(広末涼子)。電話を通じて永遠とありすは交流を重ね、永遠はありすに恋心を抱く。しかし永遠と対面したありすは彼を拒絶してしまう。
誰の目にも触れない、閉ざされた環境の中で永遠たちの地獄の日々が過ぎていくが、ある時、竹上が常軌を逸した行動に出たことで、悲劇は深刻さを増していく……。
聖者の行進をケアマネ視点で視る:私達が他者を見る目
あらすじでもわかるように、本当につらいドラマです。全11話、ほとんどいいことがありません。
視聴者はただひたすらに永遠たちが不条理に虐げられる姿を延々と見守ることになります。
永遠たちが遭遇する苦難、そのほとんどが、彼らが知的障害者である、ということに起因しています。
ここで考えなくてはならないのは、永遠たちの苦難には、彼らを虐げる存在が必然である、ということ。
そして竹上社長のようなストーリー上の絶対悪ではない、普通の人達がその程度の差こそあれ、虐げる側にいること。
そう、私達だって永遠たちを虐げる側に回ることだってあり得ます。しかも故意ではなく、知らず知らずのうちに……。
福祉の現場だってそう。私達は、自分でも気づかないうちに差別に加担してしまっていることだってあるのです。
事例をもとに検討してみましょう。
精神障害者の方の依頼に戸惑うケアマネ達。
・Aケアマネは大きな法人のB居宅介護支援事業所に勤務している、経験2年目のケアマネ。
・事務所に入ってくる依頼は同法人の病院の相談室、地域包括支援センターからのものがほとんど。
・そんな中、近隣住民が相談に訪れる。「近所に住んでいるCさんの様子がおかしい」「以前は家族が来ていたみたいだけど、最近は来られていない」「ここ最近、回覧板が止まり、そのことを告げに行くとよく分からないことを言われて近所の人が怖がっている」「自宅内は物が散乱しており生活もままなっていない様子」という内容。
・Bさんがご高齢の方であること、日常生活にも支障が生じているを受け、同法人の包括の職員とB居宅のケアマネが同行訪問することに。
・B居宅内では「多分、精神障害をお持ちの方ではないだろうか」「私は精神障害の方を担当したことがない」「正直、精神障害の方を担当する自信がない」等々、訪問することに消極的な意見が続出。
・結果、いい経験になるよ、ということでAケアマネがCさんの面談に行くことに。
・Aケアマネも精神障害の方と関わるのは初めて。先輩方に意見を聞くと「こういうのもなんだけど、ちょっと心構えてしまう」「以前少し関わったことがあったけど、すぐに苦情が出て担当交代になってしまった」「病気のことに詳しくないのでどう接していいか分からない」「色んな事件のことを聞くと、正直怖い」と言った声が……。
私は精神保健福祉士という資格を取るにあたり、精神科病院に実習に行ったこともあるので、精神障害を抱える方達との接したことはありました。
ただ、ケアマネの王道・介護福祉士が基礎資格である方の中には、そのキャリアの中で精神障害の方と関わったことがない、経験が少ない方も多いかとは思います。
私は資格的にそういった方の担当をすることもあるのですが、その全てが大変なケースである、ということはありません。
思ったよりスムーズだった、案外大変だった……それは、どんな利用者さんでも起きえること。
つまり、精神障害の方=大変、ということはない、ということ。
逆に言えば、普通の高齢の方=スムーズ、ということでもありません。
永遠たちは知的障害があるから、という偏見の目に晒され続けます。
そういった偏見による決めつけをラベリングと言います。
対人援助に関わる私達、ううん、どんな人だって、その人の持っている名札を見るのではなく、その人を見るべきではないでしょうか。
なお、事例の中の「色んな事件のことを聞くと、正直怖い」という声に対して。
実は、全犯罪における精神障害の方の占める割合が極端に高いという訳ではありません。
以下の資料をご参照ください。

①刑法犯検挙者全体の「99.3%」は精神障害のない人
・令和5年の全国の刑法犯検挙人員総数 183269人のうち、精神障害者等(疑い含む)は 1286人。
・ 犯罪を犯して捕まる人の圧倒的大多数(99.3%)は精神障害者ではない。
・よって、精神障害者が突出して犯罪を起こしているということでもない。
②放火や殺人の割合が高く見える理由
・殺人は5.9%、放火は11.3%と他の犯罪より数値が高い。
・ただ、双方は検挙数がそもそも少ない。
・事件自体の総数が小さいために割合が高く見えている面がある。
※日本の精神障害者等(約400万人超)の中で放火・殺人を起こす人は約0.001%です。別の言い方をすれば、放火の約9割(88.7%)、殺人の9割以上(94.1%)は精神障害のない人による犯罪、とも言えます。
ばらつきがあるものの、精神障害者=犯罪を犯す人が多い、ということないのは確かかとは思います。
つまり、Aケアマネの先輩職員の「色んな事件のことを聞くと、正直怖い」という感想は、ラベリングによる誤解である、と言えるでしょう。
その先輩職員の方も、精神障害への偏見や差別意識に基づいてそう言ったわけではないと思います。
その方も、ごく普通のケアマネであったはずです。
ただ、精神障害=怖い、というラベリングに囚われていた、ということなんだと思います。
意図せずとも偏見をもって相手を見てしまう、そういったことは私達の日常でもあり得ること。
そういうことがあり得る、ということを意識しておくことが大切なんだと思います。

・人は、その人についている名札を見てしまいがち。
・その人を知る、というのは実は難しい。
・だからこそ、しっかり利用者さんと向き合う必要がある。
聖者の行進をケアマネが観る:ドラマは実話だった? ストーリーのモチーフになった事件
とんでもない胸糞・激暗ドラマですが、もっと私達の心を重くするのが、このドラマには参考にしたと思われる実際の事件があること。
水戸事件といわれる事件です。
以下、Wikiを元に要約した事件の概要です。
・茨城県水戸市の段ボール加工会社・社長Mは障害者雇用に熱心な地元の名士。
・一方、その実態は、国からの助成金を受け取りながら知的障害者の従業員たちにはほとんど賃金を支払っていなかった。
・加えて、バットや角材での殴打、残酷な拷問、極めて不適切な食事の提供など虐待が横行。
・複数の女性従業員に対する日常的な強姦・性的虐待もあった。
……地獄ですね。
ドラマがその内容をほぼ踏襲しているところもまた……。
そして、事実がドラマを超えるのはこの事件の裁判(被告は社長M)。
・刑事裁判では、知的障害であるため詳細な証言が難しいとして暴行・強姦の大半が不起訴になってしまう。
・結果、詐欺と一部暴行のみで起訴されたものの、社長Mは障害者雇用に取り組んだことを理由に懲役3年・執行猶予4年の判決(つまり実刑なし)。
・判決に激怒して社長Mの車を取り囲んだ被害者家族や支援者側が逮捕され、一部支援者に実刑判決が下る。
現実はドラマよりも胸糞だったのです。唯一カタルシスを得られる事実としては……
・元女性従業員3名が民事訴訟を起こし、性的虐待の事実が全面的に認められ、社長Mに1,500万円の損害賠償命令が下され確定した。
ということのみ。
障害者×虐待という構図における悲劇には類例があります。A病院はその一例。
密室に弱者としての障害者とそうでない者がいると、このような悲劇が起こるのかもしれません。
聖者の行進のモデルになったこの事件は、いかに第三者の目が重要か、という教訓を私達に示しているように思います。
A病院の事例に代表される無関心の恐ろしさ、他者の目が入らないことの悲劇……。
直視したくない現実を描いた作品をあわせてどうぞ。


【まとめ】11時間の悲劇に耐えるべき理由
全11話の内、95%は嫌な出来事で構成されている、とんでもないドラマです。
描かれている悲劇も虐待、差別……と、直視することすら辛い内容ばかり。再放送がされないのも納得です。
しかし、このドラマは見る価値があります。特に最終回の永遠の言葉は、多くの人の心を打ち、考えさせる力を持っています。
人間とは何なのか。
正しさとは、清らかさとは、何なのか。
聖者の行進、というタイトルとメインのキャラクターたちが知的障害者であること、そしてストーリー全体を踏まえると、知的障害がある=損得勘定ではなく人の心によって行動が規定される=聖者(つまり、そうでない健常者は聖者たり得ない)、という定義がなされているように思えます。
でも私は、今作における聖者は永遠であることには異論はありませんが、彼が聖者なのは知的障害者であるからではないと感じました。
彼が聖者なのは、永遠が永遠だったからです。
聖者の行進、こんな人におすすめ!
・人間の醜い部分、その現実を直視したい方。
・あるべき人間らしさについて考えたい方。
・胸糞耐性が高い方、ないし高めたい方。

正直に言って、見ていて楽しいドラマではありません。
むしろ、耐性が無い方が見ると心を病んでしまいかねません。
それでも見る価値があります。永遠は、人のあるべき姿の一端です。
機会があればぜひ見てみて欲しい作品です!
聖者の行進を今すぐ見たい、お手元に置いておきたい方へ
風通しのいい職場で働きたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
▼ 詳しいプロフィールは以下。▼


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