
『私は、彼を否定できるんだろうか……』
あまりに衝撃的な映画がある、と聞いていました。そしてその噂は事実で……。
介護者が虐待に至ってしまう過程を分析しながら、人間の心の暗部について考察します。
月 のあらすじ(物語の概要)
洋子は初めて書いた小説が賞を受賞したものの、それ以降、小説を書けなくなってしまった。夫は短編映画作りに没頭し生活能力は低い。二人の暮らしは楽ではなく、洋子はとある障害者施設で働き始める。
初めての障害者福祉の現場に動揺する洋子は、さとくん、と呼ばれる先輩職員と出会う。
若い好青年であるさとくんは真面目に、ひたむきに障害者の方々と向かい合う、理想的な職員だった。
しかし、洋子とさとくんは障害者達を虐待する職員etc…、残酷で過酷な現場と対峙し続ける。
そんな時、洋子が妊娠していることが判明。かつて子供を心臓の病気で失っている洋子は、自身の年齢のこともあり、出産について、中絶・出生前診断という選択肢も含めて思い悩む。
そんな時、さとくんの心に異変が生じていることに気が付く洋子。あれほど優しく前向きだったさとくんが口にしたのは、衝撃的な言葉だった。
「生産性のない障害者を安楽死させようと思っています」
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— 映画『月』絶賛公開中! (@tsuki_movie) May 17, 2024
映画 #月🌙
Blu-ray&DVD 2024.9.4発売
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いま、世に問うべき大問題作が放たれるー
辺見庸の小説「月」を石井裕也監督が映画化!
🏆第48回報知映画賞・作品賞ほか 受賞🏆#宮沢りえ #磯村勇斗 #二階堂ふみ #オダギリジョー pic.twitter.com/RTkLUUfxkF
月 をケアマネ視点で視る:虐待というできごと
言うまでもないかもしれませんが、この映画はある衝撃的で悲劇的な事件をもとに製作されています。
原作者がノンフィクション作家の方、ということもあり、障害者福祉の現場、そして、さとくんの描写にはむせかえるようなリアリティがあります。
真面目で心優しかったさとくんは、色々な事情でその極端な思考・思想に囚われてしまうのですが……。
福祉の現場は、虐待という問題が切っても切れ離せません。
事実、洋子とさとくんが勤務する施設にも虐待が横行しているのですが……私が関わる在宅介護でも、虐待という問題は存在し続けています。
事例をもとに考えてみましょう。
母親想いのAさんの場合
・Aさんは妻、二人の子供を持つ男性。母・Bさんが、若くして夫を亡くしてからというもの、女手一つで育ててくれたことに日頃から感謝していた。
・そんなBさんに年相応の物忘れが出現、Aさんは仕事の時間を調整しつつBさんの様子を見守っていた。
・認知機能の低下に伴い、介護保険の申請も済ませ家事の共同実践のヘルパーさんも導入。
・しかし、Bさんに被害妄想が出現。ヘルパーさんの訪問を嫌がるようになってしまう。
・ケアマネと相談しつつ、デイサービスの試行なども試みるがうまく定着せず。
・Aさんの受け入れは良好であったため、Aさんがこまごましたお世話を担うことに。
認知症の方が被害妄想を抱いてしまうことはよくあることです。
もともと警戒心が強い方が……というわけでもなく、「あんなに穏やかで寛容だった方なのに……?」という方が陥ってしまうこともあります。
よくある妄想、ですが対応が難しい症状でもあります。なぜなら、他者の支援が入りにくくなるから。
・ちょうどその頃、Aさんは大きな仕事を任されることに。成功させることができれば給料アップ・出世も期待できる、大切な仕事。二人の子供のためにも何としても成功させなければならない。
・そんなころ、BさんはAさんのことを自分の息子と認識することも難しくなってしまう。Aさんの訪問にも拒否的となり、足が遠のいてしまう。
・ケアマネからの連絡も無視してしまうようになりつつも、仕事に没頭できる日々。しかし小学校の頃からの友人から連絡が入る。「お前のお母さん、近所トラブル起こしてるぞ」と。
・渋々、ケアマネに連絡を取るAさん。Bさん宅はゴミ屋敷となり、Bさん自身も不衛生な状態でスーパーに出向くなど問題行動が顕著となっていた。
・ケアマネは色々な支援を試みていたが全てBさんの拒否によって実現せず。Aさんとも連絡がつかず苦慮していた。
・なんとか時間を作ってケアマネとともにBさん宅を訪問したAさん。BさんはAさんに向かって「帰れこの泥棒!」と……。
・AさんはBさんの肩をつかみ叫ぶ。「お母さん、どうしちゃったんだよ、僕、今大切な仕事が……」。
・腕を振り回してAさんから逃れようとするBさん、その拳がAさんにあたってしまい、Bさんはそれを振り払う。
・その手がBさんの頭に当たってしまいBさんは転倒、積み上げてあった荷物に頭をぶつけて出血、意識消失してしまい……。
高齢者虐待防止法(正確には、高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)にはこう規定されています。
(養護者による高齢者虐待に係る通報等)
第七条
(第一項) 養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
(第二項)前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
これは状況を勘案して判断するもの、ではありません。虐待に当たる行為を見た者は通報する義務・努力義務があるのです。
もちろん、このケースの場合、ケアマネは虐待通報しなければなりません。誰も悪くない、Aさんもわざとじゃない、そうわかっていても、通報しなければなりません。
世の中の一体誰がAさんを責められるでしょうか。仮に結果が虐待と判断されてしまっても、Aさんが絶対的な悪だと、いえる人なんているでしょうか。
虐待通報は、通報する側にとっても精神的な負荷が高いことです。特にAさんのような場合はそうでしょう。
ただ、高齢者虐待防止法には、以下のような記載があります(抜粋・要約)。
・在宅での虐待において、介護を行っている家族を加害者として捉えるべきではない。
・虐待の背景には、深刻な介護疲れや、介護者自身が経済的な問題、疾病、障害を抱え、何らかの支援を必要としている場合が少なくない。
・虐待を高齢者や家族の自己責任とせず、世帯全体の状況から抱えている問題を理解し、高齢者のみならず虐待をしてしまった家族に対しても、同時に適切な支援を行うことが必要である。
つまり、高齢者虐待防止法は虐待者を罰する法律ではなく、虐待者の支援も内包した法律です。
通報が、この法律が、多くの悲しい虐待者と被虐待者を暗がりから救い出してくれますように……。

・虐待はいつ起きたっておかしくない。
・誰も、したくて虐待を始めたわけではない。
・どんな形であれ、支援者と繋がることが大切。
月をケアマネが観る:さとくんと洋子の対話についての考察
今作のクライマックスは、物語の中盤、洋子とさとくんの対話のシーンだと感じました。
さとくんの異変に気が付き、その考えを問いただす洋子。そこでさとくんが口にする言葉……。
……今作を見てもらえれば分かりますが、さとくんが口にする、彼の思想の正当性について、認めたくないけど分かってしまう、と感じてしまう方が多いのではないか……と思います。
洋子もそうでした。その思想は間違っている、受け入れられない、でも、論破できない……。
理屈で言い返せないのです。洋子もそう、ただ、間違っている、受け入れられない、と感情で話すことで精いっぱい……。
そして、このシーンは、さとくんと対話しているはずの洋子なのに、彼女自身と話しているような、そんな演出がなされています。
私はこのシーンを見た時、胸が苦しくなり、涙が零れてしまいました。悲しいわけでもない、ただ、涙が流れる……不思議な経験でした。
私から涙がこぼれた理由、それはきっと、私の奥底、普段絶対に光の当たらない奥底、私の中の暗部には、さとくんと似たような考えがあるから。
きっと、誰しもの心の奥には、さとくんと似たような思い・感覚があるんだと思います。
さとくんの言葉、その演出によって、私達の奥深い部分にある闇を、引っ張り上げて突き付けられてしまった……あの涙は、その反応だったように感じます。
そういう意味では、今作はまだ見ぬ、いや、知っているけど目を背けている自分の暗部と出会わせてくれる作品です。
目をそむけたくなるような今作、ですが、この作品でしか得られないものを持つ作品でもあります。
唯一無二のものを持つほかの作品もどうぞ。


【まとめ】今作を見る意味
正直、今作を見終えて、思いました。
こんな映画を作る意味っていったいなんだろう、と……。
一定の年齢の人なら、たいてい聞いたことがあって、強烈に脳裏に焼き付いている事件、それをリアルに再現した映画……それを作る意味って? 必然性って?
これ、犯人がただの悪人だったら、本当に作る意味のない映画だったと思います。
本当の意味で、ただの胸糞映画になっていたと思います。
ただ、さとくんは根っからの極悪人ではありません。
もともとは仕事に真面目に取り組む青年であり、障害を持つ方々と真摯に向き合う青年でした。
そんなさとくんがどうしてあんな事件を起こすに至ったのか。
さとくんは、本当に極悪人ではないのか。
さとくんと私達は、違うのか。違うとしたら、何が違うのか。
……本当に、違うのか。
さとくんがさとくんであるからこそ、この映画は大きな問いを含み、その問いは私達の心の奥底を抉り出します。
決して大手を振って勧められる映画ではありません。
それでも、見る価値のある映画です。
特に対人援助に関わる人ほど、見てみてほしい作品です。
今一度、誰かを支援するということを仕事にしている自分と、そんな自分にもある暗部に向き合うために。
月、こんな人におすすめ!
・社会問題を提起するような作品が好きな方。
・考えさせられる映画が好きな方。
・自分の暗部と向き合いたい方。

これはもう、ただの重たい映画、ではありません。心の中に素手で腕を突っ込まれ、その奥に隠してあるものを引きずり出されるような映画です。
だからこそ、見る価値が、意味がある映画です。
月 をお手元に置いておきたい方へ。
なお、月 は【沈んでしまいたい時】現役ケアマネ推薦 映画3選 というまとめ・特集記事でも取り上げています。
他のおすすめ作品もぜひ、のぞいてみてください。
楽しい職場に出会いたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
▼ 詳しいプロフィールは以下。▼




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