
『こんなに近くにいるのにさっぱり分からない』
残虐な肉体関係が描かれる今作、目を背けたくなるような場面が続きますが、そんな中、他人の心の遠さを感じました。
体は近くにあるのに心が遠い……ご本人と家族・支援者の心の距離についての事例を通じて、他者理解について考察します。
【映画】先生の白い嘘 物語の概要(あらすじ)
美鈴は真面目でおとなしい性格。高校に勤務し国語を教えている。
美鈴には高校時代からの親友・美奈子がいる。美鈴とは対照的に明るい社交的な性格で、とある会社のお嬢様。
美奈子には婚約者がいる。彼の名は早藤。早藤は美奈子の親が経営する会社の社員。二人は結婚を前提に付き合う仲。
一見すると仲のいい二人の大人女子と、その婚約者。しかし、その中には絶対に漏れてはいけない秘密があった。
数年前、早藤が美鈴をレイプしたこと。そして、早藤が呼び出す形での肉体関係が今も続いていること……。
1.先生の白い嘘 をケアマネ視点で視る:他人の心は分からない
リアルで暴力的な性描写が多くあるためR15+指定となっている今作。
その辺りが話題の一端になっていましたが、実際見てみると、そういうことよりも、とても難解な映画であることに気が付くと思います。
詳細は後述しますが、登場人物達が、自身のアイデンティティ、過去などについて明確な考えを持ち、であるがゆえに他者との間に果てしない距離が生じている……ように思えます。
性描写が頻出する今作において描かれているのが心の距離というねじれ……。
介護というライフサイクル、そして仕事は、肉体との距離が必然的に近づくものです。
それでも他者は他者であり、その間にはあっさり超えられそうな、でも底の見えない溝があるものなのです。
二つの場合を考えてみましょう。
①Aさん親子の場合
・Aさんはまだ娘のBさんが小さい頃に離婚。シングルマザーとして、大変な苦労を乗り越えBさんを育て上げた。
・BさんはAさんの尽力もあり、有名大学を出て一流企業に就職。家庭にも恵まれ、人生は順風満帆。
・そんな中、Aさんが脳梗塞で倒れてしまう。
・Bさんは介護休暇を取りAさんの治療方針などを病院と確認、在宅復帰に合わせて福祉関係者との面談・打ち合わせも済ませる。しかしAさんには想定以上の後遺症が残ってしまう。
・Bさんは「今まで育ててくれた恩返しをしたい」とAさんの在宅復帰に備えて介護休業をする用意を始める一方、Aさんは「退院後は施設に入りたい」と希望。
・BさんはAさんの申し出に驚くばかり。「どうしてお母さんはそんなことをいうのだろう」と落ち込んでしまう。
娘のBさんはAさんのために必死に動いていたのに、Aさんは在宅復帰を望まない……。
絆の強い親子でも、その心のすべてが通い合っているわけではないのです。
Bさんは、「お母さんは家に帰りたいと思っているはず!」と考えている一方、Aさんは「私が娘の足手まといになるのだけは嫌」とお考えなのかも……。
②Cさんとヘルパー・Dさんの場合
・Cさんは70代前半の男性。かつては山登りが趣味の活動的な生活を送ってきたものの、転倒による骨折がきっかけで寝たきりに近い状況になってしまった。
・奥さんも腰痛があり、入浴や排泄に関して訪問介護の利用を開始。
・訪問介護の事業所は、同じく山登りが趣味のヘルパーさん・Dさんを調整。
・当初はCさんの受け入れもよく、支援も順調だったものの、次第にCさんの活気が減少、ついにはCさんからDさんには来てほしくない、という申し出に至ってしまう。
利用者さんとの距離が遠くない支援者、何なら共通点がある支援者をチョイスするのは事業所として素晴らしい配慮ではあるでしょう。
ただ、今回はそれが裏目に出てしまったのかもしれません。
Dさんは良かれと思って登山の話題を持ち出したのでしょうが、Cさんにとって若いDさんのリアリティのある登山の話は、Cさんの喪失感を刺激してしまった、のかもしれません。
たとえ相手を想う配慮であったとしても、その行動がその温度のまま、方向のまま、相手に伝わるとは限らないのが人間の心の難しいところ。
相手との距離が近い、からこそ、相手を観察することが介護では重要なんだと思います。
相手が家族であれ、支援者であれ、よくよく相手のことを見る、そして自身の行動を考える……そうすれば、ちゃんと相手に自分の気持ちが伝わる、のかもしれません。

・他人の考えていることは分からない。
・「相手はこう思っているに違いない」は罠。
・ちゃんと、相手の言動・表情を見よう。
2.先生の白い嘘 をケアマネが観る:美鈴の嘘、についての考察
この映画、とても難解です。
過激な性描写ばかりが話題になっていますが、この映画の正体は、その分かりにくさ、だと思います。
目の前で起きていることの残虐さはひりひりと感じられるのに、彼らの内面で起きていることがとても分かりにくい……。
なので、私なりに、美鈴という人物について考えてみました。
美鈴という人物を理解する手掛かりは、彼女のセリフ、独白、そして身体症状です。
その中でヒントになりそうなものをいくつかピックアップしてみます。
①「私の敵は私なの」
早藤にレイプされ、早藤にいいように扱われている美鈴、なのに美鈴は自身を自身の敵、と言います。
②「生きてるだけでこんな目に遭う。私が女のせいで、女が女であるせいで、男にこんなことをさせてしまう」
美鈴には一切非はありません。美鈴にとって早藤のレイプは全く想定外の出来事でしたし、その後の関係も、全て早藤に半ば脅されて応じたようなもの。
しかし美鈴は自身が女であることに原因がある、と言います。
③「擦り傷にはこの世で最も醜い膿が溜まるようになった。快感という膿があふれてしまう」
美鈴は不本意ながら早藤の要求に応じ続けざるを得ません。そんな中の美鈴の独白……。心と体が乖離していることが見てとれます。
④美鈴は味覚障害
美鈴は精神科のクリニックに通っています。美鈴は味を感じない、という症状を抱えているのです。
医師の言葉をもとにすると、美鈴は鬱である様子。まぁ、そうなってしまいますよね……。
総合すると、美鈴は……
①早藤の凶行に対して絶対的な嫌悪感・拒否感がある。
②しかし早藤に脅されているため断ることができない。
③よって『自分の意思で早藤の行為に応じている』ことを認めることによる精神的な負荷から逃れる必要が生じる。
④なので、この状況の原因を『自分が女性であること』に規定。自身にかかる精神的な負荷を回避する。
⑤ただ、身体的反応として快感が生じしまう。そしてそれは美鈴にとって受け入れがたい事実。
⑥美鈴は自身と肉体を切り離す必要が生じた。その結果が味覚障害。
ということになるのではないでしょうか。
美鈴は自身が女性であるということ、そして自身の肉体についてさえ、正当に受け入れることができなくなってしまっているのです。
これが美鈴の嘘、なのではないでしょうか。
つくづく、性犯罪とは罪深いものであると怒りを覚えます……。
美鈴に匹敵する絶望に苛まれる物語、美鈴とは違うどん底から這い上がる物語……あわせて触れて欲しい作品です。


3.【まとめ】それでも今作を見るべき意味
この物語、絶望だけではありません。
詳細は控えますが、美鈴はある人物に出会い、ぶつかり合い、心通わせていくことで早藤という呪縛に立ち向かうことになります。
その先、迎えるエンディング、ラストシーン、多くは語られませんが、美鈴が嘘から解き放たれたのではないか、と期待できる、そんな余韻を残してこの物語は終わります。
過激で残酷な性描写、暴力、難解さ……決して万人受けする作品ではないと思います。
しかし、性暴力というもののむごさが美鈴そのものによってありありと描かれています。
そのリアリティだけで十分、見る、というよりも立ち向かう価値がある一本となっています。
ぜひ、美鈴の戦いを、生き様を見届けてください。
先生の白い嘘、こんな人におすすめ!
・えぐい物語に真正面から立ち向かいたい方。
・難しい映画をあれこれ考えながら見るのが好きな方。
・性暴力の残虐性について真剣に考えたい方。

本当に憂鬱になる映画です。正視に堪えない場面が多々あります。
それでも、見るべき理由がある映画です。気になった方は勇気をもって、ぜひ美鈴の物語を見届けてください。
先生の白い嘘 を今すぐ見たい方へ。
新しい環境で生まれ変わりたい方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
▼ 詳しいプロフィールは以下。▼


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