
「細木さん、私の利用者さんと同世代だ……」
エンドロールの直前に流れた細木氏の没年を見た瞬間、愕然……。一時は時代の寵児となった細木数子氏と、私が日々向き合うご高齢の方々。
同じ戦後という時代を生きながら、なぜこれほどまでに道は分かれたのか。
「戦後育ちはたくましい」という安易な先入観を捨て、人生を決定づける「個性」の重みについて、対照的な二人の事例から検討します。
【ドラマ】地獄に落ちるわよ 物語の概要(あらすじ)
戦後の混乱真っただ中の東京、数子とその兄弟、そして母親は貧困のどん底にいた。
空腹に喘ぎミミズを食べた数子は、やがて持ち前の度胸と人懐っこさ、そして勘の鋭さを武器に東京で成り上がり始める。
ちいさな軽食屋はやがて大きなディスコにまで成長、それでも数子の歩みは止まらない。やがて数子は占術家として著名人となり、人と金を集め続ける。
そんな数子の小説を書くことになった売れない作家・魚澄。彼女は取材を重ねていくうちに、数子の影を、その奥にいる数子の本当の姿を追いかけ始める。
しかしそれは数子にとっては決して明るみに出てはいけない闇。富・権力・そして人望を集めた頂点に立つ数子と魚澄、二人が辿り着く結末とは……。
1.地獄に落ちるわよ をケアマネ視点で視る:世代<個性
多分、一般の仕事をしている方は、このドラマを見終えて、こう思ったのではないでしょうか。
「あぁ、こういう世代の人は成り上がりたい! っていう思いが強かったんだろうなぁ」
「小さな頃に貧しい思いをした人は、お金に固執しちゃうんだろうなぁ」
その時代、世代が人を決める……はい、私もそう思っていました。
ただ、私が冷や水を浴びせられるようにはっとしたのは、エンドロールの少し前のある場面。
それは、細木氏の亡くなった日付。
2021年11月8日没、享年83歳
……え、私が普段関わっている、利用者さんと同年代じゃん。
それは私にとって結構衝撃的な気づきでした。
あの方もあの方も、細木氏と同じ時代を生きた人だ!
私が関わっている方の全てが、細木氏のような貪欲さで、バイタリティで、力強さで、生きてこられたのか?
私が皆さんの人生の全て知っているわけではありませんが、みんながみんな、細木氏のようであったとか言えば、そうではないでしょう。
よくよく考えればそうです。
事例で考えてみましょう。1938年・昭和13年生まれのAさんとBさんの例です。
Aさんの場合
・都市部・長屋暮らしの貧しい家庭に生まれる。
・幼少期、空襲で家を焼かれ、明日の暮らしも分からない日々を家族で耐え抜く。
・集団就職で工場に入り、定年まで一度も職場を変えず、ただひたすらに誠実に働いた。
・現在は妻を亡くし独居。サービスは必要最低限に抑え、慎ましく質素な暮らしを送る。
・ケアマネの懸念は、Aさんが色んな事を我慢しすぎること。
Bさんの場合
・Aさん同様、都市部・長屋暮らしの貧しい家庭に生まれる。
・幼少期、空襲で家を焼かれる。自暴自棄になった父親の暴力により一家離散。母とともに暮らす。
・母に新しい男ができ、15歳で家を出る。
・その日暮らしのような生活を続け、主に肉体労働の職場を転々とする。
・お酒とたばこ、ギャンブルだけが生きがいの日々。
・内縁の妻・子供もいたがお金のトラブルで絶縁。
・現在は一人、生活保護を受けつつ介護保険の制度を利用し生活している。
・ケアマネの懸念は、Bさんの生活習慣の悪さ(お酒、たばこ、ギャンブル)。
まぁ、よくよく考えれば当たり前なのですが、人間をそれぞれの人格たらしめているのは、個性です。
その人の個性。
そりゃ、環境に影響される部分は大きいでしょう。
ただ、その環境にどう対応して、その後どう生きていくのかはその人次第。
誰しもが、貧困⇒ハングリー精神⇒大成功! となるとは限りません。
○○世代、という言葉をよく耳にします。
多少の特徴はあるにせよ、人の行動は世代というよりも個性に基づいているんだなぁ、と気づかされた今作でした。
まぁ、当たり前のことですけどね。

・その時代・世相は人格形成に大きな影響を与える。
・ただ、その影響が人格にどう反映されるのかはその人次第。
・同じ人なんていない。
ドラマの参考文献。より深く 地獄に堕ちるわよ に触れたい方へ。
2.地獄に落ちるわよ をケアマネが観る:細木氏=昭和復興史
今作、前半と終盤でずいぶん印象が変わったように感じました。
前半、特に第一話で描かれる戦後の困窮……。そこから始まった細木氏のストーリーは貧困から猛ダッシュで逃げ出しているようで(軽食屋さんから始まり、ディスコのオーナー、そして最後はなんと占術家に!)、爽快といえば爽快。
思い返せば、そんなスピード感で生きてこれたのは、やはり細木氏の個性の賜物。
その途上で影を背負うことになるのですが……。
その影響もありつつ、中盤から後半へ差し掛かると、少し雰囲気が変わります。
それまで主に細木氏の視点で描かれていた物語の語り手が、作家の魚澄氏に移ります。
恐らく、終盤で描かれるのが細木氏の(真偽不明とされている)疑惑だから、でしょう。
かつて交わりあった細木氏と魚澄氏が相対していくあたりは見ものではあったのですが、うーん、なんかちょっとテイスト感が変わったのは否めず……。
あと、戦後の復興と細木氏の人生がぴったりリンクしていることもあって、なんていうか全体的な鑑賞感が細木氏の人生、というより昭和復興史、というべきものになってしまったのも、既視感を覚える要因になったのかなぁ。
なんか、朝ドラ感がありました。
でもでも、様々な評価があるとはいえ、細木数子氏という人生が面白いことには違いありません。
とんでもない人の人生は、面白いものです。
不快なのに見てしまう……、他にはない個性……。
それぞれ、少し共通するところがあるように思う作品でした。


3.【まとめ】細木数子氏、という個性の考察
私は、曖昧な記憶と今作でしか細木数子氏について知りません。
それでもあえて細木氏という人物について考える時、彼女の人生は執着というものに彩られ、そして囚われていたのではないか、と思いました。
細木氏には間違いなくビジネスの才能があったでしょう。
その根本は多分、執着のなさ。
細木氏は機会と見るやすぐに取り掛かり、潮時と見るやすぐに転身します。
人間には経路依存性というものがあり、今まで通りの方法、やり方に従いたいもの。
それをポイントポイントであっさり変えてしまえるところが細木氏の成功の一因のように思いました。
ただ、細木氏がこだわり続けたことがあったように思います。
それは、勝ち続けること。負けないこと。
ストーリーの転換点となる事件はそれだけでは説明がつかないように思うのですが、勝ち続ける、お金を得続ける、という視点で見れば、納得できないこともないというか……。
そして自らに降りかかる(彼女にとっての)災難を全力で振り払おうとしていたところも、執着を感じました。
ただ、細木氏の人生の結末を思うと、その執着が実を結んだようにも思います。
私も色んな方を見てきましたが、あそこまで勝ち続け、勝ったまま終わった方というのも珍しいように思います。
そう思うと、あのエンディング、納得。納得だなぁ。
地獄に堕ちるわよ、こんな人におすすめ!
・細木数子という人物に興味がある方。
・サクセスストーリーが好きな方。
・光と影を併せ持つ人物の人生に触れてみたい方。

細木数子氏、という人物は賛否両論ある人物なんでしょう。
でも、嫌いな人でも、その怒涛の人生には一度、触れてみてみいいかも。
以外な発見があるかもしれません。
参考文献 魔女の履歴書 を読みたい方へ(新装版もあります)
もっと成長したい、稼ぎたい! そんな思いで職場を探しておられる方へ

夕璃:介護支援専門員(歴10年以上)
居宅介護支援事業所の管理者として勤務。社会福祉士、精神保健福祉士の資格保有。
小説家になりたくて、某新人賞で二次選考突破。今も挑戦中。
ケアマネとして、福祉、ケア、支援etc…といった視点でドラマ・映画等をレビューしています。
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